SSブログ

羽生結弦選手の話をすると見せかけて、みのもんたについても語ってみたい。 [テレビ番組]

ここ数日、宮城県が世界に誇る《三大スケーター》(後述)のひとり、黒い練習着姿が『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ君を彷彿とさせて、そのたたずまいには思わずこのオレですら萌えてしまっているという(復興支援LINEスタンプも買いました。「了解したっ!」を、よく使ってます…)羽生結弦選手が、ちょっと有り得ないようなというか、むしろなんも考えないで発せられたとさえ思われる誹謗中傷、暴言の数々をSNSを通して浴びせられていたらしい、という、なんとも不愉快な話題が、ここ数日出回っていたわけですが、そういうコトを発言したくなる「暗い欲望」、オレもわからないではありません。むしろ今の世の中、そういった類の快楽におぼれてしまいそうになっている人も、決して少なくはないことでしょう。だから「絶対に言ってはいけない」、なんてことは言いません(もちろん、「限度」というものは、あります)。
だがしかし。
それを発する場が、たとえばSNSであったりする場合、その発言は基本「全世界に向けて発信されてしまう」ということを、絶対に忘れてはいけないのです。
不用意に発せられたその発言が、果たしてどれだけの人々の心を傷つけるのか。
そしてそれが自分に、どれだけの“モノ”として返ってくるのか。
その辺の“覚悟”がないのであれば、黙っていた方がよっぽどいいと思うのです。
まぁ、いずれにしても、今回の羽生選手にまつわる暴言、誹謗中傷に関しては、完全にアウトですし、できることならば、羽生選手に直接、謝っていただきたい。

◯◯土下座で。(無理

(ちなみに上記の、宮城県が誇る《世界三大スケーター》とは、荒川静香さん・羽生結弦選手・そして狩野英孝さんの3人。皆さん、素晴らしい“スベり”をみせてくれております (c)サンドウィッチマン)。


さて。
事前番宣もほとんどなく、いきなり宮城ローカルでオンエアされたので、ご覧になれた方はそう多くなかったかもしれないのですが、2月26日(水)の夜7時から1時間、TBCテレビ(東北放送)で、

『みのもんたの ズバッと生中継! みやぎの裏側』

という番組が放映されました。
まぁ、一言でいうと、一種の「接待番組」のようなものでした。
TBCのスタジオに、そもそもTBCからアナウンサーとしてのキャリアをスタートさせ、その後『みのもんたの朝ズバッ!』のお天気キャスターとしておなじみになった根本美緒さん、そして『サンドのぼんやり~ぬTV』初代アシスタントとして知られ、サンドと共に気仙沼でロケ中、震災に遭遇した名久井麻利アナウンサー(TBC)のふたりを配置し、両手に花のみのもんた(愛はないけど敬称略)。
国分町からはパンサー・尾形、宮城蔵王の“裏側”=山形蔵王からはゴー☆ジャス(寒そうだったな……)、気仙沼からはTBCの佐々木淳吾アナウンサーらによる中継も入りつつ、いやーみのもんた、しゃべるしゃべる。
なんといってもこのところ、『秘密のケンミンSHOW』でしか遭遇する機会がなく、そこでも

「マチャミの横にいて、ほとんどしゃべらないおじいちゃん」

と化していたので、いささか心配してはいたんですけど。
特に国分町と中継をつないだ時のみのさん、イキイキしてましたね~。
今後のみのもんたが、どういう感じで活躍されるのかわかりませんが、とりあえず、当面のみのもんたは大丈夫そうで、安心しました。
みのさん。
次はJ-COMで毎年やってる、浅草サンバカーニバルの中継のMCなんか、どうでしょう?
(あ。それ、亡くなるちょっと前に、キンキンがやってたやつだった……)
(文中一部敬称略)

☆こんな曲もありました。

nice!(12) 
共通テーマ:テレビ

八代亜紀入門・その3〔完〕。 [音楽]

さて皆さん(浜村淳さんっぽく)。
小学生時代の一時期、オレは山形市という、ちょっと都会的な部分もある、愛すべき田舎町に住んでいましたが、実は当時の山形という町、今から思うと公開録画・公開録音のたぐいがやたらと多く、しょっちゅう人気歌手のみなさんがやって来てはその歌声を披露してくれていたのでした。
だからたとえば、いわゆる《花の◯◯トリオ》の森昌子さん・桜田淳子さん・そして山口百恵さんは、3人とも生で見たことがありますし、他にもオレが目にしたアーティストのみなさんの名前を列挙して行ったら、けっこうなインパクトになるだろうとは思うんです、えぇ。
しかし、それにしても、八代亜紀さんはどうだったかな、と思っても、ちょっと思い出せないのですね。
“生八代亜紀”(語感が「生八つ橋」みたいだな……)、果たして幼いオレは、目にしたのでしょうか……?

今回はそんな、なかば幻の存在となっている、テイチク時代の亜紀さんの楽曲のいくつかを取り上げて、ちょっと語ってみたいと思います。
「入門」と称したわりに、ディープな世界になるかもしれませんが、
読者のみなさん、お許しください!

まずは、そう、「愛ひとすじ」(1974年・オリコン10位)。
コレですね。
実数としてヒットしただけでなく、有線大賞グランプリなどの賞も獲得し、紅白でも歌唱しているのですから、文句なしの代表作のひとつ、と呼んで差し支えないわけです。
そんな「愛ひとすじ」が、1990年代に入ったあたりから、テイチク発売のベスト盤やCD-BOXからオミットされるようになり、それは実質的に今日まで、続いているのです。
なんでか?堺すすむさんのように……は、読まなくてもいいです)
それはひとえに、川内康範先生入魂の歌詞、その中の3番の歌い出し「愛ひとすじ 歌詞」でぐぐれば、すぐわかります)、この部分の一節に、テイチクの皆さんが過剰に反応されて、自主規制なさっているという、その一点に尽きるのではないかと、私は考える次第です。
川内先生に、その“ことば”に該当する人々を差別したり卑下したりといった、そういった意図は、まったくなかったものと、私は考えます。
2019年、1000セット限定ということで発売された『オリジナル・スーパーベスト』の中に、ようやく「愛ひとすじ」は収録されましたが、これは「限定盤」ということで今回はどーかひとつ、という感じが、どうしてもしてしまうわけなんですね。
実のところ、「愛ひとすじ」に関して私たちが求めているのは、「普通に売ってるベスト盤で、いつでも聴ける」という、その一点。
それだけなんです。
この「愛ひとすじ」に始まる“愛・三部作”「愛の執念」(1974年・オリコン9位)、少し間隔があいて「愛の條件」(1978年・オリコン21位)と続きますが、実際のところ、最も歌詞がキョーレツなのは「愛の執念」ではないでしょうか。
「俺から逃げられないぜ!」ではなく、「私からは逃げられないわよ、あなた……!」という世界。
でも、テイチク時代の亜紀さんのビジュアルだったら、こんなこと歌われても納得かなぁ……。

さて、「ベスト盤収録はおろか、CD化もされてるかどうかというシングルA面曲」は、他にもございます。
発売順に、

「夢魔のブルース」(1976年・オリコン69位)
「あい逢い横丁」(1976年・オリコン87位)
「はまなすの花が咲いたら」(1982年・チャートインなし)

といったところが、現在のところ、地味な扱いとなっているようです。
オリコンの実績を見ていただいておわかりのように、これらは大きなヒットにはなっていません。
「夢魔のブルース」は、“愛・三部作”の川内康範先生作詞(出た!)。
青江三奈さんの「眠られぬ夜のブルース」ばりの暗黒路線(でも、ちょっと笑っちゃう)が期待できそうです(この曲だけ未聴)。
「あい逢い横丁」は、テレビドラマ『玉ねぎ横丁の花嫁さん』の主題歌だったようで、そういった分野に明るい、「太陽がくれた季節」などで知られるいずみ・たくさんが作曲。亜紀さんの歌唱の方も、サンダルばきのような、ちょっと庶民的な雰囲気をかもし出しているようです。
曲調自体はマイナー(短調)ですが、メジャー(長調)でエンディングを迎えるのも、ちょっとユニーク。
この曲だけ、CD化が確認されています(2017年発売の『激唱 八代亜紀 流行歌 3』に収録)。
そして「はまなすの花が咲いたら」は、実はけっこう重要な1曲でありまして、このシングルを最後に、亜紀さんはテイチクを離れることになったので、そういった意味でも、あまりいい加減に扱わないでいただきたい1曲です。
この曲も、同名のテレビドラマの主題歌で、吉田拓郎さんとのコンビで知られる岡本おさみさんが作詞、ピコという名でも知られる、日本のソフトロックの重要人物・樋口康雄さんが作編曲を手がけており、八代亜紀さんの作品でありながら『ソフトロック・ドライヴィン』に入っていてもおかしくないような、やわらかな手ざわりの、やさしい楽曲に仕上がっています。
テイチクさんには、これから徐々に、このあたりのやや埋もれている楽曲に光を当てることにも、力を入れていただきたいものです。

まぁ、あまり意味のないことを、3回にわたってウダウダと書いて参りましたが、要するに

「買っても、レンタルでも、ストリーミングでもいいから、とにかくテイチク時代の八代亜紀を聴け!」

という、このひとことに尽きますね。
今はそんなでもなくても、いつか心にグッと来る、そんな日が必ず訪れるはずです。


☆「愛ひとすじ」「愛の執念」「愛の條件」をまとめて収録。限定1000セット。お早めに。


☆「あい逢い横丁」を収録。「おんな港町」ほかのヒット曲も、リミックスされているように聴こえますが、果たして……?


☆今回、BGMに使わせていただいたアルバム。近年の亜紀さんのお仕事の中でも魅力的に感じられる、2015年の作品。クレイジーケンバンドの横山剣さん、THE BAWDIES、中村中さんらが楽曲を提供しています。

nice!(5) 
共通テーマ:音楽

八代亜紀入門・その2。 [音楽]

八代亜紀さんというアーティストの歌が、いかに大衆に浸透していたかを物語る、ひとつのエピソードがあります。
というか、これはまったくの個人的な記憶なのですが、中学の修学旅行で東京方面へ行ったとき、すっかり暗くなった都内をバスで移動中、窓の外に

《キャバレー・愛の終着駅

という、さまざまな妄想をかき立てるネオンサインが見え、車中の中3男子ども(含むオレ)がこぞってコーフンしていたものでした。
もちろん「愛の終着駅」といえば、亜紀さんの代表的なヒット曲のひとつで、なんというか、真摯な女心を歌った、まじめな楽曲なのですが、この「愛の終着駅」という字面だけを抽出すると、店内でどんなサービスが展開されているのか、それは一体どの程度気持ち良いのか、とめどなく妄想が拡がり、バカな思春期男子どもにはまぁ、ハナヂもんだったわけです、はい。
他にもかつて電話ボックスで、

貴方につくします。90分15000円》

などという、いわゆるピンクチラシを発見したこともありますし(「貴方につくします」も、亜紀さんのヒット曲。チラシのモデルは、もちろん亜紀さんではありませんでした)、いずれにしてもゲスいお話で、亜紀さんご本人のお耳にはちょっと入れたくないような気がするエピソードではありますが、ここだけの話として、ご披露させていただきました。


さて、今日は『テイチク時代の八代亜紀・まずコレだけは聴いてみよう!』というテーマで、行ってみたいと思います。
まずは、コレから。

1:「おんな港町」(1977年発売・オリコン最高13位)

バックの演奏にも、亜紀さんの歌いっぷりにも、いわゆるグルーヴ的なものが感じられます。
特にベースギターと、シャープなドラムス、そして地味に鳴っている電子鍵盤楽器(たぶんクラビネット)が、キイています。
よく“和モノ・レアグルーヴ”という呼び方をするのですが、この呼び方は「埋もれていたけど、なかなかイケる逸品」みたいな意味合いだと思うので、れっきとしたヒット曲である「おんな港町」は“和モノ・レアグルーヴ”というわけではないのでしょうが、実にグルーヴィーな仕上がりです。

2:「もう一度逢いたい」(1976年・オリコン9位)

「おんな港町」と同じく「軽くて、ノリがよくて、演奏時間が短い」ヒット曲です。
サビの部分のたたみかけるような展開には、思わずこちらも口ずさんだり鼻ずさんだり(?)しそうになってしまいます。
先述の「おんな港町」と、この「もう一度逢いたい」は、《踊れる演歌》、それも社交ダンスというのではなくゴーゴー系のそういったナンバーとして、おすすめできると思います。

3:「しのび恋」(1974年・オリコン13位)

亜紀さん初期のヒットのひとつで、やや地味なのでどうしても埋もれがちですが、イントロなどで活躍するツイン・リード・ギターと申しますか、おそらくダブル・トラックでギターの音を重ねたのだと思いますが、このギターの響きが美しい!
亜紀さんの歌声もそれに呼応するかのように、なんともいえない哀愁を感じさせてくれております。

4:「雨の慕情」(1980年・オリコン9位)

ご存知、レコード大賞受賞作です。
「サビの部分を、その場にいるみんなで合唱できる演歌」としては、島津ゆたかさん(今、いずこへ?)の「ホテル」と双璧と言えるかもしれません(まぁ、「ホテル」の歌詞をみんなで歌ってるのって、いま考えるとちょっと異様な光景かもしれませんが……)。

5:「舟唄」(1979年・オリコン15位)

「八代亜紀の代表作を、ひとつだけ挙げよ」と問われたら、やはりこの「舟唄」、ということになるでしょう。あの阿久悠先生が、何十曲と書いた詞をテイチクの当時の社長さんにすべてボツにされたあげく(※ここで記した数字は、「その1」でご紹介した亜紀さんへのインタビューの中で出てきたもの。他には「6編の歌詞をボツにされ、阿久先生とテイチクとの間は一時険悪に」と記された資料もあります…)、開き直って書きあげたのがこの歌詞だそうです(※「舟唄」誕生のいきさつについては、まったく異なることが記されている場合もあります。本稿ではあくまで、亜紀さんへのインタビューでの発言をもとに記しました)。
映画『駅 STATION』でも主題歌扱いで、巧みな使われ方がされていましたっけ。
聴き終わったあと、頭の中に“残像”のようなものが、ぼわーっと浮かぶのが、これまたたまりません。


+1:「愛ひとすじ」(1974年・オリコン10位)

さて、ここまでは現在販売されているお手頃2枚組『ゴールデン☆ベスト』や、レンタル屋さんに置いてある『定番ベスト』『テイチクミリオンシリーズ』(この2つ、実は『ゴールデン☆ベスト』のディスク1と内容がまったく同じ!)などで、すんなり聴くことができる楽曲の中から5曲、選ばせていただきましたが、この、川内康範先生作詞「愛ひとすじ」は、ちょっと事情が違いまして、これまでほぼ、どのベスト盤を探しても聴くことができなかった、しかし亜紀さんにとって重要な楽曲であることは間違いない1曲ということで、ここでは「+1」としてご紹介させていただきました。
その辺のくわしい事情などは、その他のレアな楽曲のご紹介と共に、また次回のお楽しみにさせていただきたいと存じます……。


☆上記の「愛ひとすじ」以外のベーシックな楽曲は、コレでバッチリ。ディスク2のカバー集でも亜紀さんは実力を発揮しております。


☆「愛ひとすじ」を含む、テイチク時代の売り上げ上位28曲にコロムビア音源の「花(ブーケ)束」などを追加。CDサイズ復刻のシングル・ジャケット28面14枚つき、限定1000セット。

nice!(5) 
共通テーマ:音楽

八代亜紀入門・その1。 [音楽]

きょう2月22日は、「ニャーニャーニャー」ということで(!)『猫の日』なんですね。
そこできょうは、というか、きょうからしばらくの間(ネタが尽きるまで?)、かつてその美しすぎる風貌が「まるでペルシャ猫のよう」なんてことも言われた、「舟唄」「雨の慕情」「愛ひとすじ」など、数々のヒット曲をもつ八代亜紀さんとその音楽世界について、まぁ病み上がりということもありますし、ウダウダと語ってみたいと思う次第です。

なんでしょう。
子どもの頃から、潜在的な感じで「好き」ではあったのですが、なんかここに来て急激に亜紀さんの歌がマイブーム化してきておりまして、それも近年の『夜のアルバム』『夜のつづき』といった、一連のジャズ路線やクロスオーバーなご活躍ぶりとは異なる、歌い手としての(こちら側からみての)原点に近い、いわゆる《演歌の女王》の異名を欲しいままにされた、レコード歌手としての最初のおよそ10年間にあたる、テイチク時代の音源に、オレとしてはちょっとこだわっている次第なのです(と、「次第」が次第に多くなってゆく次第なのです。なんだそりゃ)。
実は近年の『夜のアルバム』等のジャジーな路線は、亜紀さんがレコード歌手になる前、ナイトクラブで歌っていた時代と地続きなのだそうですが、そういった場所では、洋楽・邦楽、ジャンルや楽曲のスタイルもさまざま、もちろん自分のための持ち歌などはなく、基本的にはどんなタイプの楽曲でも歌いこなせる必要があるわけで、そういった場所で、亜紀さんも歌の実力を磨いて行ったわけです。
やがて、そんな亜紀さんにテイチクから声がかかり、ある程度ナイトクラブで歌えていることで満足していた亜紀さんは悩みました。しかし、ナイトクラブで働く女性たちに励まされ、また説得もされて、「夜のお仕事の前に、ちょっと」と、ごく軽い気持ちでテイチクへと向かったのです。
と、そこには当時の重役さん=「偉い人たち」が揃っており、その人たちの前でちょっと歌ってみたところ、いわゆる「一発合格」となり、すぐにでもレコードを出しましょう、みたいな話になったのでした。
だがしかし。
デビュー曲「愛は死んでも」、第2弾「別れてあなたを」、この2枚がまったく動かなかった。
亜紀さん自らシングルレコードを携え、夜の街へキャンペーンに訪れると、その場ではレコードが飛ぶように売れるのですが、とにもかくにも肝心の売り上げのバロメーターであるオリコンチャートには、全くかすりもしない。
そういった中、亜紀さんは、当時オンエアされていた、プロ歌手も出場できるオーディション番組

『全日本歌謡選手権』

への出場を決意します。
プロとアマチュアが競うこの番組では、80点以上で勝ち抜き、10週連続勝ち抜きでチャンピオン、という、大変に厳しいルールのもと、既に五木ひろしさんがチャンピオンとなり「よこはま・たそがれ」などの連続ヒットを飛ばしてスターダムへとのし上がっていました(亜紀さんの少しあとには、『必殺仕事人』シリーズの“三味線屋の勇”こと、中条きよしさんがチャンピオンとなり、「うそ」をミリオンヒットとしていました。中条さんは、まず歌手としてスターになっていたわけです)。
「もし勝ち抜けなかったら、辞める」ぐらいの固い決意のもと、亜紀さんは『全日本歌謡選手権』に出場(これで顔と名前が売れ、第3弾シングルの「恋街ブルース」が、下位とはいえ初のオリコンチャート入りを果たしています。亜紀さんのスキャットと、うなるファズギターがなかなかのインパクトを残す、異色のナンバーです)。
10週勝ち抜き、チャンピオンとなった亜紀さんは、再デビュー曲と言っていい第4弾シングル「なみだ恋」をリリースし、ミリオンに迫る大ヒットを記録して、

《八代亜紀伝説》

が、ようやく動き出したわけです。(つづく)


☆今回の記事に関しては、ライターの武田砂鉄さんによる、亜紀さんへのインタビュー記事が、非常に参考になりました。
素晴らしい記事ですので、お時間のある方は、ぜひご一読ください。
https://www.cinra.net/interview/201510-yashiroaki


☆廉価CDながら、亜紀さんのテイチク時代のシングルA面39曲中30曲が聴けるおトク盤。


☆長年、歌詞の問題でベスト盤からオミットされてきた、川内康範先生作詞の「愛ひとすじ」を収録。CDサイズの復刻シングル・ジャケット(表側のみ)28曲分・14枚つき。限定生産1000セットとのこと。お早めに。

nice!(8) 
共通テーマ:音楽

鈴木杏樹さんと、槇原敬之容疑者と、クイーンと。 [音楽]

まずは、少し前のお話になりますが、総アクセス数10000超えに、心より感謝申し上げます。
と、ここから先はオゲレツ大百科といいますか、内容的にちょっとアレかなー、という気もするのですが。

今の世の中、いろんなことがありますが、かつて“浅草キッド”(近況が気になる水道橋博士さん&金曜午後、TBSラジオで声が聴ける玉袋筋太郎さんの漫才コンビ)がやっていたラジオにネタを寄せていた、いわゆる“ハガキ職人”の中に、

ラジオネーム:鈴木マン樹

という方がいらっしゃいまして、その頃の鈴木杏樹さんは、というか、ほんの数日前までは、どちらかというと「清純派」だったように記憶しており、そのイメージと「マン樹」、というゲスいネーミングのギャップが面白くて覚えていたのですが、

まさか本当に、「鈴木マン樹」だったとは(なんだそりゃ)。

それにしても、一流の女優さんがラブホのビラビラくぐっちゃダメなような気がする、さすがに。
『相棒』の“飲み屋のおかみさん”役も降板して(あのポジションも、何かに呪われてるとしか思えない……)、不倫とクスリはダメ、ゼッタイ! の一言ですな。

クスリといえば、またですよ、槇原敬之容疑者。
覚醒剤で、だって。
20年ほど前に一度、パートナーと捕まって「もう会いません」とか言って(でも実は続いてた。しかも今回は別のお相手と時間差で捕まって。「パートナー=事務所の社長」「別れる=クビ」っていうのもどうなんだろう、という気はする)、執行猶予ついて、SMAPに書いた「世界に一つだけの花」が超特大ヒットになって、いつの間にか国民的アーティストみたいな雰囲気までかもし出していたにもかかわらず、それらがすべておじゃん、ですから。
もう、社会的地位もクソもない、セクシュアリティーもなんも関係なく、ただただ今は嫌悪感しかないっす。
あの、およそ30年前ラジオで耳にした「どんなときも。」の感動を返してくれ、という感じです。
「今回は逃げ切れる」説もある一方、実刑の可能性もあるわけで、もしそうなら健康的な、規則正しい生活の中で、じっくり反省していただきたいと思います。
「まわりが男だらけで、むしろ天国」とか、そうゆう事は思わずに。ね!

そんな事はともかく。
コレを書いている今は、バレンタイン・デーだったりするのです。
まぁ、あいのり的な、テラスハウス的な、バチェラー・ジャパン的なモヤモヤがないことはないですけど、どうせそんな日がある以上はこっちも利用させていただくことにして、うちの場合も家人とチョコっとしたプレゼントを交換して、お互いの気持ちを確認する日にしております。
まぁ、なんてことはない、身近な大切な人に、感謝の気持ちを伝える日であってもいい。
そんな気持ちと共に、きょうは皆さんに、クイーンのかつての来日時の映像をふんだんに用いた、サビの歌詞が日本語であることでも有名な、日本のファンに捧げられた

『手をとりあって』

の、2005年制作の公式ミュージック・ビデオを、ごらんいただこうかと思っております。



愛にあふれた日々が、皆さんに訪れますよう、お祈りしております……。


☆最近も人気投票によるベストとか出ましたが、個人的に“クイーン入門”といえば、やはりこの2枚。
「手をとりあって」は、2の方に収録。



nice!(11) 
共通テーマ:芸能

なぜ『ドラえもん』は、アニメより原作の方が面白いんだろう?! [コミック]

神よ。
「にゃんこスター破局」というニュースに、不謹慎ながら何故かなごんでしまった私を、お許しください……。

さて。
実はいま、ラジコプレミアム経由のTBSラジオを流しながらこの駄文を書いているのですが(ふだんからTBSラジオを流していることが多いです)、ちょうどオンエア中の『伊集院光とらじおと』のゲストが、なんとさいとう・たかを先生!
いや、まぁ、そんなにビックリすることもないんですが、『ゴルゴ13』「芹沢家殺人事件」!)や『サバイバル』等々でおなじみのさいとう先生、以前

「僕は『ドラえもん』みたいなものも描いてみたいと思っているんですよ。」

などとおっしゃっていたのを思い出しました。
そういえば、さいとう先生も70年代初頭、変身ブームの最中に『超人バロム・1』という作品を手がけていらっしゃいました。
これは、まったくタイプの違うふたりの男の子が、力と気持ちを合わせることによって変身できるヒーローの活躍を描いたものでしたが、なにぶん子供のことなので、ささいなことでケンカになったりして、心の波長が合わずに変身できない、なんてことも。
そんな面白さもあったりする作品でした(東映の制作で実写ドラマ化され、現在はAmazonプライムビデオ「マイ・ヒーロー」で全話見ることができます。主題歌は水木一郎アニキ!)。
そんな、さいとう先生も心に留めておられる『ドラえもん』という作品。
これは実に、作者である藤子・F・不二雄先生が、自ら描くSF的世界のことを指して呼んでいた

“すこし不思議”

ではないですが、かなり不思議な、気楽に読めるけど実はけっこう奥深い作品だと思うのです。
まず、基本的にページ数がそんなに多くないにもかかわらず、きっちりまとまっている。
4ページだったら4ページ、8ページだったら8ページで、しっかり起承転結があって、オチもついている。
SFあり、冒険譚あり、泣かせるお話あり。
そうそう。
実はこのお正月は、はなさん(愛猫。享年17)のこともあって“喪中”だったのですが、ただただ泣きたくて、短編映画「帰ってきたドラえもん」「おばあちゃんの思い出」、それとスペシャルでオンエアされた「ゾウとおじさん」(あの『かわいそうなぞう』を発展させたようなお話です…)が入っているDVDをTSUTAYAで探し出して、もう号泣しながら見ていたのですが、そうこうしていると、やっぱり原作の方も気になってくるのが人情というもの(かな?)。
そんなわけで、なかば当然のように家にあった、(「おばあちゃんの思い出」以外の)原作を読み返してみると……、

「なんだ。こっち(原作)の方がいいじゃん!」

となったわけです。
「ゾウとおじさん」(原作は「ぞうとおじさん」)に流れる「戦争はいけない!」という静かな叫び、表現の繊細さ。
そして「さようなら、ドラえもん」~「帰ってきたドラえもん」の、アニメーションを飛び越えて映画すら凌駕するような、その表現の数々。
特に「ぼくだけの力で きみに勝たないと、」の部分は、原作以上の表現というものは、もう、考えられません。
それぞれ、アニメ版もよかったし、確かに号泣した。
それでもやはり、原作にはかなわない部分があるし、そのあたりが藤子・F・不二雄先生の腕の確かさなのだろうな、と、改めて痛感させられたのでした。
この辺は赤塚不二夫先生の作品なんかにも言えることなのですが、たとえば『おそ松くん』「イヤミはひとり風のなか」なんかも、どうがんばっても原作を超えることはまずできないだろう、と。
かつてカラー版でアニメ化された時期に、VHSのみのOVAとして制作され(なかば“幻の作品”と化しており、オレも未見です)、『おそ松さん』でも「イヤミはひとり風の中」として映像化されましたが、『おそ松さん』のスタッフの皆さん、おそらく「それ」は承知で、なかなか大胆なアレンジを施して、それでも原作の世界観は壊さないように、十二分に配慮した上で、作品世界が構築されていました。
『伊集院光とらじおと』にゲスト出演した、さいとう・たかを先生も

「僕もああいうところ(環境)で、“劇画”をやってみたかったです。」

と、羨ましがっておられましたが、やっぱり《トキワ荘》は天才の集合体だったんだろうな、と、改めて実感したオレだったのでした。


☆話題の「ドラえもん0巻」。第1話のバージョン違いを、カラーページも再現してすべて収録。


☆「さようなら、ドラえもん」と「帰ってきたドラえもん」が、シームレスで読める本(「ぞうとおじさん」も)。
 昭和39(1964)年度生まれの方が、学年誌で読んだはずの『ドラえもん』を、順番に収録。


☆かつての雑誌と同じ、B5サイズで読める『ドラえもん』もいいものです。


「芹沢家殺人事件」!!!
 昔書いたオレのレビューも載ってますが、恥ずかしいので無視していただいて結構です…(苦笑)。


☆「イヤミはひとり風のなか」収録。

nice!(8) 
共通テーマ:コミック

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。